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配信日:2011年1月20日

国際収支から見る日本の将来

株式会社 富士通総研
エグゼクティブ・フェロー

根津 利三郎


国際収支はその国の経済を写す鏡である。日本の国際収支もこの20年間著しい変化を遂げたが、その中身を洗い出すことで、将来像を予測することが出来る。

 一般の方々は国際収支といっても詳しいことはご存じないだろう。輸出が増えれば黒字となり、輸入が増えれば赤字になる、くらいの理解ではないか。しかし、国際収支はその国の経済や産業構造の鏡のようなもので、中身を吟味することでその国の経済の様子が見えてくる。日本の国際収支の特徴を見てみよう。

 第一に貿易収支は過去四十年間、ごくわずかの例外はあるものの、一貫して黒字を維持してきた。80年代にはこの黒字が巨額になったが、日本が黒字になることは相手国が赤字になることであり、米国やヨーロッパとの間で貿易摩擦問題が深刻になった。貿易収支とは「もの」の輸出と輸入の差額であり、日本の場合、巨額の黒字は自動車や家電製品などの耐久消費財の輸出によるものであった。80年代は日本のものづくりの実力が頂点に達したときである。

 だが、1990年前後を頂点にして、我が国の貿易収支の黒字は徐々に減少に転じた。理由は製造業が日本からの輸出ではなく、生産工場を海外に移転し現地生産に切り替えたからである。直接の動機は貿易摩擦を回避するためのやむを得ない行動であったが、いったん現地生産の経験を積むと、消費者に近い現地での生産のほうのメリットが大きい、ことが判ってくる。特に80年代後半以降の円高もかかる現地生産への転換を加速する力になった。

 我が国は石油をはじめほとんどの資源を輸入に頼っている。その代金を払うためには製造業で頑張らなくては、という考え方が特に年配の経営者の間では強い。だが製造業の海外移転、空洞化は日本でも着実に進んでいる。特にアジア新興国に関しては、賃金の高い日本で製造しても採算取れないので完成品の輸出は考えられない。だが貿易収支の黒字の減少を補うような新たな傾向が出てきている。所得収支の拡大だ。所得収支とは日本が外国で工場や企業を運営し、得られた利益を日本に還元した金額と、外国企業が日本から本国に送金した利益との差額だが、この中には日本人が外国の銀行に預けた預金、外国政府の国債や外国企業の発行した社債などから得られる金利も多額に上っている。このように日本企業と日本人が外国に持っている金融資産からの利子や配当が所得収支といわれるもので、働かなくても上がってくる金額である。このような金額が毎年10兆円を超える金額になり、貿易収支の額を大幅に超えている。つまり日本はものづくりで稼ぐ国を卒業し、資産運用で食べていく国になっているのだ。

 もう一つ注目すべき傾向がある。それはサービス収支の赤字が着実に減少し、近い将来黒字に転換するとみられることだ。サービス収支の中には海外旅行や国際運輸事業など日本が長年にわたり赤字を続けている項目もあるが、技術貿易もこの中に含まれており、それだけを見ると年間1兆5000億円を超える黒字になっている。これは外国企業に対して行った特許やノウハウの提供などであり、我が国が技術立国に向かって進んでいる証拠である。特に自動車を中心に外国の子会社への技術指導やブランド使用料など、製造業の国際展開にともなう収入が大きい割合を占める。成長戦略に謳われているような観光や医療が期待通り成功すれば、それも国際収支の大きな黒字要因になるであろう。

 貿易収支、所得収支、サービス収支を合わせたものは経常収支といわれる。この経常収支は一国が全体として自国の収入の範囲内で支出しているのか、それとも収入を上回る支出をし、借金をしているのかを判断する重要な数字だ。この数字は世界全体では合計ゼロとなる。したがって我が国として常に黒字である必要はないが、大幅な赤字は避けるべきだ。これを経済運営の目標とすれば、我が国はかならずしも製造業にこだわらなくても、資産運用やサービス貿易に軸足を移していくことで、安定的な経済運営が可能であろう。さらに2020年に向けて、我が国の二酸化炭素の排出量の削減が予定通り進めば、現在10兆円ある原油輸入代金は3兆円減ることになる。このように考えると、製造業の海外展開が進んでも懸念されるような国際収支の悪化はすぐには起こりそうにもない。国際収支から見ると、我が国の「ポスト工業化時代」に向けての変化はすでに着実に進んでいる。
 
 
 

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