最新号 メールマガジンの登録・解除・変更 バックナンバー お問い合わせ

配信日:2011年2月21日

成長戦略を考える

株式会社富士通総研
エグゼクティブ・フェロー

根津 利三郎


民主党政権の成長戦略が本格的に動き出した。しかしこれには根本的な問題が隠されており、果たしてこれで日本経済の成長を加速できるのか、疑問がある。その問題点を洗い出し改善策を考える。

 民主党政権の成長戦略を具体化するための予算、税制その他の政策体系が昨年末に固まった。だが筆者はこの成長戦略についてはいくつか根本的な疑問を持っている。

<経済の過半は家計消費>
 まず成長戦略では2020年までの10年間に平均してGDPが実質で2%の成長を見込んでいるがこれは大方のエコノミストが考えている潜在的成長力よりもだいぶ高い。GDPは消費や投資、純輸出などに分解されるが、半分強が民間消費なのでそれが2%程度成長しないかぎりこの成長率は難しいことになる。だがこの10年間個人消費はほとんど伸びていないどころか、最近は下落している。国民は将来への不安から消費を抑え貯蓄に回している。それでも日本の家計貯蓄率は2.3%と、米国よりも低く、先進国でも最低水準にまで落ちている。団塊の世代が退職して貯蓄を取り崩す段階に入ったことと、賃金が上がらないため勤労世帯も貯蓄する余裕がなくなっているからだ。成長戦略では国民の大半を占める勤労世帯の消費をどう盛り上げるのか、はっきりしない。

<設備投資の急拡大は望めない>
 成長戦略では国内での投資を盛り上げ、競争力を強化して輸出を拡大することで成長率を高めるのが中心のようだ。だがこれは成功しそうにない。今や日本企業の戦略は「売れるところで作る」だ。拡大する中国やアジア市場で商売するのであれば現地で作るのが当然で、日本で製造し輸出するというのはどの企業も考えていない。最近のように円高が続けば、この傾向はさらに強まる。加えて産業構造面の問題もある。我が国は自動車や家庭電化製品など規格大量生産の耐久消費財輸出への依存度が高かったが、この2〜3年これらの産業では生産基地の新興国への移転が進んでいる。先進国にとっては研究開発やデザイン、あるいは基幹部品、資本財の輸出やメンテナンスなどのサービスに特化していかざるを得ない。このような知的な活動の場合、鉄鋼、自動車、電機など既存の製造業に比べて多額の設備投資は必要ないから設備投資はそれほど伸びないのだ。

 今回の成長戦略の最大の目玉は法人税率の引下げだ。法人税を引き下げ、その結果生じた資金を設備投資や雇用に回すことで成長率の引上げにつなげたい、ということであろう。確かに日本の法人税率は地方分も合わせると40%と、近隣アジアや他の先進国より高い(ただし米国は日本と同じ40%) ので、国際水準に合わせる意義はある。だがそれで日本国内で設備投資が増えるかは疑問だ。我が国の場合、設備投資はGDPの15%を占めるが、他の先進国は10%程度だ。日本だけが突出して高いが、成長率は最低だ。つまり投資が成長に結びつかないのである。このような投資をしても国内需要が拡大しなければ過剰設備になるだけで、需給ギャップがさらに拡大するであろう。日本企業は200兆円もの現金を蓄えている。金がないから投資しないのではなく、どのような投資をしたらよいが知恵がない、というのが真実に近い。

<輸出拡大は円高と経済摩擦を引き起こす>
 輸出に活路を求めよう、という意見も強い。日本の輸出はGDPの比率は20%以下で、これは米国を除けばほとんどの国よりも大幅に低い。だがこれにも難しい障害がたちはだかる。成長率を上げる、という視点からすれば輸出ではなく輸出から輸入を差し引いた差額(純輸出/入)が問題である。日本の純輸出が増えることはどこか別の国の純輸出が減るということになるが、純輸入が一方的に増えるのはどの国も喜ばない。今までは米国が巨大な貿易赤字を抱えつつも各国からの輸入を受け入れてきたが、最近の雇用不安や景気低迷を受けて、米国も輸出振興策を採用するようになった。目下の円高はその結果である。アジアの国はすでに日本との間では貿易赤字となっており、さらなる対日赤字の拡大を放置するとは思えない。

 目下経営者が懸念している最大の問題は円高とデフレだが、この二つは密接にリンクしている。諸外国ではマイルドではあっても物価と賃金が上昇するなかで、日本だけが下がっている。これこそが円高の原因だ。デフレの国は価格競争力が高まり、黒字が拡大するので為替レートは上昇するのは当然だ。円高を止めたいのであればデフレを解決することが不可欠だ。

 デフレをどう止めるかについての意見は割れている。貨幣量を際限なく増やせばいつかはデフレは止まる、と考えるエコノミストは少なくないが、そのような考えは誤りである。日銀ができることは銀行に対して資金を流すことだ。しかし銀行に金を借りに来る人がいなければ、金は市中に出回ることなく、そこに留まってしまう。今の日本はこうした状態なのだから、いくら日銀が通貨供給量を増やしてもデフレは止まらない。現に日銀は十年以上の長きにわたって超低金利や量的緩和を続けてきたが、デフレは収まっていない。

<ではどうすればよいのか>
 筆者は賃金の引き上げが日本の成長力を浮揚させるうえで鍵と考えている。日本の賃金は1998年をピークに下落を続けている。成長戦略にある名目成長率3%と同率に勤労者所得を増やすとすればその分コストアップになるが、企業は最終製品の価格に転嫁すべきなのだ。そうすることで、物価全体が上昇し、勤労者の購買力アップと相まってデフレが収束することになる。物価が上昇に転じれば円高も収まってくるであろう。

 もう一つ検討すべきは企業税制の改革だ。環境税と排出量取引の導入は民主党の公約であったが、産業界の反対と、米国や中国が国際的コミットメントを拒否したため、動きが止まってしまった。だが各国とも独自の対策は強化する方向に変わりないので、我が国も安閑とはしていられない。来年度の予算では初めて環境税が導入されることになったが、2400億円程度では効果はほとんど期待できない。これをドイツ並みの水準に引き上げることにすれば、約4兆円の増税となる。これを全額法人税の引き下げに回せば、法人税率は30%以下に下げられる。こうして国際的にもそん色のない企業税制が実現できる。

<恐るべき低生産性の日本農業>
 成長戦略との関係では目下環太平洋自由貿易構想(TPP)が国を二分する論争になっている。日本の将来を考えれば結論ははっきりしており、日本は東アジアの経済統合の動きを避けて通ることはありえない。これは製造業の輸出を増やすためだけではない。日本の農業の抜本的な変革がもとめられているのだ。

 戦後日本が直面してきた貿易交渉の中で常に問題となってきたのが農産物の輸入自由化であり、今回も同じである。反対しているのは農業関係者と農業票に依存している政治家である。問題はその農業が崩壊寸前に追い込まれているということだ。すでに農業就業人口の三分の二は65歳以上で、通常の勤労者であればとっくに引退しているはずの年寄りが平均1.9ヘクタールという猫の額のような農地を細々と耕している。彼らはもうすぐ働けなくなり、農地は放棄されることになろう。この恐るべき低生産性の農業を守るため、かつては輸入禁止、現在では米の778%というような常識はずれの関税が課せられてきた。その結果日本の食品価格はどこの国よりも高くなっている。それでも国内農業は着実に衰退し、現在国内自給率は40%という、先進国でも異常な低さに落ち込んでいる。

<政治に翻弄されてきた日本の農業>
 なぜこのような状態が今まで維持されてきたかといえば、ひとえに政治の問題だ。現在農業就業者の数は261万人だが、家族や地縁を含めると500万人くらいになろう。彼らはよく組織化され、選挙には必ず投票するからいかなる政治家もこの力を無視することは出来ない。さらに問題は一票の格差が5倍もある今の選挙制度だ。これは最高裁判所が憲法違反としているが、是正される気配は無い。その結果日本の政治はわずかの農業関係者が巨大な力を振り回し、都市の勤労者の利益が無視されている。2009年の選挙で民主党は当初日米FTAと農家の所得保障をセットにして提唱していた。これは農政の転換を進めるものとして期待が高まったが、その後参議院選挙での敗北もあって後退してしまった。

<TPPは農業の構造変革の好機>
 国内での政治決断が出来ないうちに世界が動いた。それが昨年秋に突如浮上したTPPである。これは日本にとってはむしろ歓迎すべきことだ。いくら時間をかけても国内の調整など不可能だ。問題になるのは米や麦などの穀物と牛肉やバターなどの酪農品が主であるが、対策の中心は穀物については細分化された耕地の集約化と規模拡大だ。10ヘクタールくらいまでに拡大できれば生産コストは半分くらいに削減できる。酪農品については高級化と差別化が基本戦略となる。このような変革を実現するためには農業の担い手を片手間で農地を耕している年寄りから、24時間農業のことを考える創造力あふれる若者に移していく必要がある。

 もちろんこのような改革を行ってもわが国の農業は100%自力では国際競争に耐えられないかもしれない。自由化の後にはそのような農家に対しては所得補償を行うことになる。しかしその負担は農家の数も大幅に減っているはずだし、競争力も高まっているので、一部の反対論者が言うような大きな額にはならず、おそらく1兆円以下であろう。何よりもよいのは高い農産品を買わされていた日本の消費者が安く食品を手に入れることが出来るようになることだ。これから高齢化が進み年金もカットされることになる日本においてこれは大いなる朗報だ。
 
 
 

〒105-0001
東京都港区虎ノ門1丁目1番20号 虎ノ門実業会館2階 一般財団法人 貿易研修センター
TEL:03-3503-6621
FAX:03-3501-0550
E-mail:iist-emg@iist.or.jp